大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ラ)95号 決定

抗告人 成川其余江

右代理人弁護士 高城俊郎

相手方 株式会社 ユーアイ

右代表者代表取締役 金子順治

主文

1  原決定を次の括孤内のとおり変更する。

「抗告人は相手方から金一二〇〇万円の支払を受けるのと引換えに相手方に対し別紙物件目録記載(二)の建物を引渡せ。」

2  本件手続の総費用はこれを二分し、その一を抗告人の、その余を相手方の各負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、本件引渡命令の申立を却下する。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は、「一 留置権(主位的主張) 1 抗告人は、中央不動産株式会社(以下「中央不動産」という。)との間に、別紙物件目録記載(一)の土地及び(二)の建物(以下右土地を「本件土地」、右建物を「本件建物」、両者を併せて「本件不動産」という。)につき、昭和五四年七月二日次の約旨の売買契約を締結した。(1) 中央不動産は抗告人に代金三二〇〇万円で本件不動産を売渡す。(2) 抗告人は右売買代金につき、手附金として二〇〇万円を契約締結と同時に、一〇〇〇万円を昭和五四年七月一〇日にそれぞれ支払い、残り二〇〇〇万円は中央不動産が紹介する金融機関の住宅ローンにより支払う。(3) 前項の住宅ローンが設定できないときは、中央不動産はすでに受領した手附金、代金を抗告人に返還し、売買契約を解除する。2 抗告人は昭和五四年七月一〇日までに手附金名義のものを含めて合計一二〇〇万円の売買代金内金を支払った。3 抗告人は中央不動産に対し、前記売買契約締結と同時に、住宅ローン設定に必要であるとして要求された書類を交付したが、昭和五四年一一月に至っても住宅ローンの設定ができず、住宅ローンの設定は不可能であることが判明した。4 従って、前記売買契約は前記約旨により当然解除され、中央不動産は抗告人に対し前記売買代金内金一二〇〇万円を返還すべきであるにかかわらず、その返還をしない。5 抗告人は、昭和五四年一一月二〇日頃中央不動産から前記売買契約に基づいて本件不動産の引渡を受け、以後占有しているものである。6 以上のとおり、抗告人は中央不動産に対し前記一二〇〇万円の返還請求債権を有するものであり、この債権は本件不動産に関して生じた債権であるから、抗告人は本件不動産につき留置権を有し、本件競売事件において競落により本件不動産の所有権を取得した相手方に対して、右留置権に基づいて本件建物の引渡を拒むものである。二 地位の引受(予備的主張)1 抗告人が本件不動産を買受けるに至ったのは、相手方の仲介によるものであるが、相手方の取締役金子範義は中央不動産の専務取締役を兼ね、前記売買契約の締結、代金の授受及び住宅ローンの設定等につき実質的な担当者であったところ、前記のとおり住宅ローンの設定が不可能となり、昭和五六年三月に本件不動産につき本件競売事件が開始されるに至るや、責任を感じてか昭和五六年四月頃「本件不動産については、相手方が競落して、前記売買契約における売主の地位を承継し、抗告人には迷惑をかけない。」旨を約した。2 相手方は、前記競落により昭和五六年一一月二七日本件不動産の所有権を取得したのであるから、前記約旨に従い売主の地位を引受けた。換言すれば、相手方と抗告人とは本件建物の売買当事者であるから、売主たる相手方は、買主として本件建物の引渡を受けた抗告人に対してその明渡を求めることはできない。三 信義則違反(予備的主張) 前記のとおり、金子範義は中央不動産の専務取締役で、同時に相手方の取締役であり、前記売買契約の締結や住宅ローンの設定手続等を担当した。そして、中央不動産は昭和五五年に倒産し、抗告人は前記売買代金内金一二〇〇万円の返還を受けることが事実上不可能となった。ところで、相手方は金子範義によって実質上運営されているものであって、その相手方が本件不動産の競落人となり、抗告人に対し本件建物の明渡を求めることは、信義則に違反するかもしくは権利の乱用に該当するから、許されない。」というにある。

二  当裁判所の判断

1  抗告理由一について

本件記録によれば、本件土地を含む東京都世田谷区桜新町二丁目三三〇番八 宅地九五・九一平方メートル(実測)は、もと抗告人及びその母成川サダの共有であったが、昭和五四年五月九日中央不動産に代金五八一二万円で売渡されたこと、中央不動産はこれを三筆に分筆して、それぞれの地上に建物を建築し、土地付建物として売出したところ、抗告人は、その一つである本件不動産を昭和五四年七月二日代金三二〇〇万円で買受ける契約を締結し、昭和五四年七月一〇日までに手附金名義のものを含む売買代金内金一二〇〇万円を中央不動産に支払ったこと、ところが、中央不動産は、本件不動産につき、抗告人のために所有権移転登記手続をしないうちに、債権者豊栄信用組合に対し極度額一五〇〇万円の根抵当権を設定し、その旨の登記手続をしたこと、右中央不動産、抗告人間の土地付建物売買契約は「融資条件付」とされ、残代金二〇〇〇万円は中央不動産の協力のもとに抗告人が金融機関から借入れて支払うものとし、その借入れに必要な書類は一週間以内に抗告人から中央不動産に提出することとし(第二条)、万一抗告人が金融機関から借入不可能となった場合は、中央不動産は抗告人から受領ずみの金員を全額無利子で抗告人に返還し売買契約を解除するものとする(第一〇条)と定められていたこと、しかし、中央不動産の協力による抗告人の金融機関からの融資が実現できないでいるうち、昭和五五年一〇月頃中央不動産が倒産し、同社の代表取締役小玉英弘は同月二七日夜逃同然の状態で姿をくらましたため、右融資の実現は事実上不可能となったこと、抗告人は昭和五四年一一月下旬頃右売買契約に基づいて本件不動産の引渡を受け、以後本件建物の一階で食堂を経営し、二階を住居として占有していること、債権者豊栄信用組合は前記根抵当権を実行するため昭和五六年三月一七日東京地方裁判所に対し本件不動産の競売を申立て(同裁判所昭和五六年(ケ)第二九四号事件)、同競売事件における競売開始決定に基づいて昭和五六年三月二〇日本件不動産につき差押登記が経由され、また、売却許可決定に基づいて相手方が買受人として同年一一月二七日売却代金を納付したこと、以上の事実を認めることができる。

右事実によれば、遅くとも昭和五五年一〇月末日の時点で、右売買契約は中央不動産の解除の意思表示をまつまでもなく当然に解除となり、中央不動産は抗告人に対し前記一二〇〇万円の返還義務を負い、抗告人はこれが返還請求債権を有するに至ったところ、右は本件不動産に関して生じた債権であるから、抗告人はその弁済を受けるまで本件不動産を留置する権利を有するものといわなければならず、本件不動産の競売による買受人たる相手方は、抗告人に対し、この被担保債権の支払いと引換えに自己の所有権に基づいて本件建物の引渡を求めることができるものというべきである。

2  その余の抗告理由は、予備的とされているから、これに対する判断を示さない、

3  よって、原決定中右と異なる部分は不当であり、本件抗告は右の限度で理由があるから、原決定を主文1項括弧内のとおり変更し、本件手続費用につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 高野耕一 鎌田泰輝)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例